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議会が74年春になってようやく、国内産の原油を除いて、価格統制を終わらせた。
N大統領がウォーターゲート事件で身動きがとれなくなっていたころだ。
賃金・物価統制が撤廃されると、インフレ率が10パーセントを上回り、74年から1バレル年にかけて厳しい景気後退に陥った。
アメリカ産業の競争力はますます低下していた。
77年には、Cが倒産寸前になり、政府の緊急融資でようやく危機を脱している。
Nは社会問題で保守主義の姿勢をとり、それまでのリベラル派を心底嫌っていた。
このため、当時の見方で判断するなら、歴代の大統領のなかでもとくにリベラルな政策をとった事実が分かりにくくなっている。
だが、ベトナム戦争が終息に向かったことで、軍事費を大幅に削減し、社会保障制度が作られてから最大の給付拡大を実現し、連邦政府の積極的差別是正制度を作って、これが大手企業や公共機関のほとんどに急速に広まっているのである。
経済政策では、Nは徹底したケインズ主義者であり、ヨーロッパによくみられるトップ・ダウンの指令型介入を好んでいる。
元企業弁護士のJ・C財務長官、アメリカン・モーターズの会長だったJ・R住宅・都市開発長官ら、保守派とみられていた閣僚も、ほぼ同じ見方をとっていた。
アメリカ経済は「もはや自由競争企業の原則に基づいていない」と、R長官は語っている。
強硬な保守主義者の典型ともいえるB・FRB議長すら、議会証言で賃金・物価統制に頼るのは正当だと主張し、「経済学の法則が以前のようには通用しなくなった」からだと述べている。
とくにエネルギー価格の統制は、ウォーターゲート事件でN大統領が辞任した後のF政権にも受け継がれ、1976年の選挙でC政権が生まれた後にも継続している。
C大統領は国家エネルギー計画を発表したとき、この計画を「モラルの戦争」と呼んだ。
コラムニストのR・Bはすぐに、この言葉の頭文字をとってMEOWと名付けた。
猫の鳴き声のように役立たずだというわけだ。
計画を立案したのはエネルギー省のJ・S長官だ。
N政権とF政権で国防長官を務めた人物だが、優秀すぎるという欠陥があり、この計画も税制、インセンティブ、割当、価格管理(「新しい」原油、77年以前から生産されている「古い」原油に分けて管理)、超過利益税、輸入原油に対する特別税、合成燃料公社などなどを組み合わせた複雑きわまりない計画であった。
第2次世界大戦の際に使われたガソリン割当手帳まであった。
全米各地のガソリン・スタンドでは、給油待ちの長い行列ができ、ときには暴力ざたにもなった。
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